| たぐい希なる才能の持ち主アンドレア・ズリッティの手作りチョコレート |
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30歳でチョコレートの道に入り、独学でヨーロッパチョコレート界のトップレベルに登りつめたマエストロ、アンドレア・ズリッティ。彼の芸術的な才能とチョコレートへの情熱は、わずか10数年で、父が始めた小さなコーヒー焙煎店を、世界的に有名なコーヒーとチョコレートの名店へと変えました。
1993年、フランスのコンテストでの優勝を皮切りに、実に10以上のタイトルを獲得。ズリッティは、まさに賞総なめのショコラティエなのです。
ズリッティのチョコレート工房は、家族を含め、製造スタッフはわずか10数名。製造工程のほとんどを手作業によって行っています。
ズリッティ社のはじまりは、彼の父、ルチアーノ・ズリッティが、自分のコーヒーバールで出しているコーヒーの味に満足できず、それならば自分自身でコーヒーを作ろうと決意し、1969年にコーヒー焙煎工房を作ったのがその始まりです。
この熱意と探求心は、息子アンドレアにも受け継がれ、最初のチョコレートを作ったのち、従来の市販のチョコレート製造用機械に満足がいかず、メーカーとの共同で、彼の製法に合うようデザインされた数々の機械を生み出しています。
彼は、「流行のクリュ(単一品種仕立て)のチョコレートでは物足りない」と言います。はじめほろ苦く、次々と花開く多様な味覚と香り、ふたたびほろ苦さ・・・3次元的な味覚の驚きを重視するからこそ、複数のカカオを必ずブレンドして使うそうです。このブレンドの技術に関する知識は、父ルチアーノのアドバイスも役立っているとのこと。
アンドレアのカカオのアロマと味覚に対するこだわりと同時に、チョコレートの形状に対するクリエイティビティにも卓越したものがありました。彼はいつもノートをそばに置き、チョコレートのデザインに関するアイディアが出るとすぐにスケッチしておくそうです。この書きためられたスケッチとアイディアの中から、我々を驚かせ、そして楽しませてくれる上質のチョコレートが生み出されるのです。
コーヒーとチョコレートを結びつける発想から生まれたスプーンのチョコレートは、ズリッティのヒット作。これでコーヒーをかき回しても、コーヒーと一緒に食べても楽しめます。 |
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トスカーナの温泉地モンスンマーノ・テルメ郊外にあるズリッティの店舗。裏手にはコーヒーの焙煎工房を併設。 |
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| ■ズリッティの受賞歴 |
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| 1993年 |
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フランス ララーニュの国際コンクールで金メダル受賞。 |
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| 1994年 |
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チョコレートに関する最大の国際コンクールであるパリの「グランプリ・アンテルナショナル・ドゥ・ラ・ショコラトゥリー」で金メダル受賞。 |
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| 1995年 |
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イギリスの有名な「ザ・チョコレート・コンパニオン」というガイドブックで、世界で最高のチョコレート職人の一人として紹介され、三ツ星を授与される。 |
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| 1996年 |
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ベルリンの「ガストロノミカル・オリンピックス」で金メダル受賞。
ユーロ・チョコレート・アウォード受賞。 |
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| 1998年 |
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アメリカの有名なガイドブック「オール・アバウト・チョコレート」が三ツ星を授与。 |
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| 1999年 |
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ザルツブルクの「インターナショナル・ガストロノミカル・アート」で、4つの金メダル受賞。 |
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| 2002年 |
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「ラッテネロ」シリーズで、タヴォレッタ・ドーロ(金の板チョコ賞)受賞。 |
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| 2004年 |
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「ラッテネロ」シリーズで、タヴォレッタ・ドーロ(金の板チョコ賞)受賞。 |
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| 2005年 |
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「ラッテネロ」シリーズで、タヴォレッタ・ドーロ(金の板チョコ賞)受賞。
スプレッドクリーム「リッコーザ」と「ジアネッラ」で、タヴォレッタ・ドーロ(金の板チョコ賞)受賞。 |
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